最近は、スマホの星アプリが、通知でいろいろ教えてくれます。今年はガリレオ生誕462年なんですね。ガリレオ・ガリレイ(伊: Galileo Galilei、ユリウス暦1564年2月15日 - グレゴリオ暦1642年1月8日)か。ああ、ちょうど先日書いたブログで、グレゴリオ暦が1582年始まりでしたね。ガリレオがちょうどユリウス暦からグレゴリオ暦への改暦を跨いでいたんですね~。
ということは、ガリレオが生きた日数は、1642年1月8日-1564年2月15日から10日引かなければ。いや普通、日数まで計算しないでしょ。笑
(※この記事の最後に過去記事のリンクを張っておきますね)
さて、ガリレオと言えば、「それでも地球は回っている」ですが、天文少年だった私にとっては、何といっても「ガリレオ衛星」です。
私は、ミザール望遠鏡の1000mmを持っていたのですが、現代の望遠鏡ですから、ガリレオの時代よりはかなり性能は良かったんでしょうけど、まあ、子どもですからね、木星の衛星や土星の輪が見える、というだけで、すごく興奮した記憶があります。
子どもの頃(1970年代前半)は、天体写真といえば、まず「写真現像」が壁で、とても自分でできるなんて思えませんでしたから、たぶん、「写真を撮ろう」という考えもなかったと思いますが、最近、VESPERAで天体写真を撮るようになって、待ち時間に(笑)、星野写真を撮ろうかなと、Canon EOS RPを手に入れたので、ふと、これで、ガリレオ衛星が撮れるのかしら?と思ったわけです。

最初はバルブ撮影なのかな、と思ったのですが、AIに相談したところ「木星なら、マニュアル撮影の方がいいですよ」とのこと。おすすめの撮影データを教えてくれました。
撮影データ:カメラ:Canon EOS RP、レンズ:EF-S 55-250mm F4-5.6 IS STM(フルサイズ機にEF-SレンズでAPS-Cクロップ、400mm相当)、設定:M、1/6秒、F5.6、ISO3200
撮影地は京都市内。日時は、2026年2月20日23時50分頃です。
1/6秒なので、簡易赤道儀も使わずで、何枚か撮ってみました。

木星本体は派手に白飛びしていますが、これは想定内。笑 木星と衛星の明るさの差は600倍以上らしいので、衛星が写る露出にすると木星は必ず飽和します。

なるほどね。東側(左)のがイオで、西側(右)がエウロパとガニメデなんですね。カリストは、木星本体に近すぎて、ハレーションに飲み込まれている。
下図は、手持ちの今年の『天文観測手帳』(技術評論社)に掲載されている2月のガリレオ衛星の運行図。これより2時間ほど後の写真なので、21日0時頃。東側にJ1:イオ。西側にJ4:カリスト、J2:エウロパ、J3:ガニメデとなっています。すごいですね~。天文計算って。

何となく気をよくして、久しぶりに、ガリレオの『星界の報告』(伊藤和行訳・講談社、Kindle版)を開いてみました。これは、元はラテン語で書かれていて、ガリレオ衛星発見の様子がかなり詳しく紹介されている本なのですね。

ここに、ガリレオ衛星発見ときの観測で、ガリレオがスケッチした絵が載っていることを覚えていたので、では、ステラナビゲーターでそのときのガリレオ衛星のようすを「追体験」できるのでは?と思い、興味本位で、ちょっとやってみました。
「さて、今年1610年1月7日、その夜の1時に、覗き眼鏡で天の星々を眺めていたとき、木星が姿を現した。」 観測記録は、こんな感じで始まります。
ラテン語の原文:「Die itaque septima Ianuarii, instantis anni millesimi sexcentesimi decimi, hora sequentis noctis prima,cum cêlestia sidera per Perspicillum spectarem, Iuppiter sese obviam fecit; 」
日付は、1610年1月7日。時間は夜1時。つまり、6日の深夜25時のことかなと、思い、場所も調べてみました。ガリレオのこの時の観測地は、当時のヴェネツィア共和国・パドヴァという町、とのこと。
続く、8日も観測を続けますが、ここには、時間の記録がありません。
う~ん、ガリレオ衛星は、特に内側の軌道のイオなどは、数時間でかなり見かけの位置が移動するので、時間の特定は重要なんですよね。
気になってラテン語原文をAIに確認すると「Die itaque septima Ianuarii, instantis anni millesimi sexcentesimi decimi, hora sequentis noctis prima」で、「さて、今年1610年1月7日、その(7日の)夜の1時に」という意味で、結論から言えば、7日18時ごろということでした。
当時、この地方では、古代ローマの時刻法の流れで、「hora prima noctis(夜の第1時)」は、日没後約1時間を指していたらしいのですね。
で、ステラナビゲーターで、この日の日没時間を見てみると、15時49分。薄明終了が、17時33分なので、観測時間は、だいたい夕方18時と考えて良さそうです。
というわけで、これは1610年1月7日18時(現地時間)のガリレオが眺めていた星空を、ステラナビゲーター12で再現したものです。

晴天かどうかは、わかりません。笑 木星は東の空、月齢12.4の月の西側12度くらいのところですね。黄色のラインは黄道です。
では、望遠鏡で覗いているつもりで、一気に拡大してみます。

ガリレオは、木星の近傍の小さな星が、(その日、ガリレオは最新の望遠鏡で観測したので、初めて衛星が見えたのですが)、最初は恒星かと思ったものの、それらが黄道と完全に並行に並んでいることに驚いた、と書いています。
では、さらに拡大してみます。

翌日も、同じ時間に観測しています。これは8日18時のガリレオ衛星のようす。

これから、2か月弱にわたって、ガリレオは毎日のように観測を続け、衛星のスケッチを残してるのですが、これは、その最初。7日・8日のスケッチのようすです。
細かく見ると、7日のスケッチで木星の東側(左)に描かれている2つの星のうち、木星に近い方は、ステラナビゲーターのシミュレーションでいうと、イオとエウロパが重なっているようですが、これくらい近いと、当時、最新だったガリレオの望遠鏡でも、分解することはできなかったようです。

ちなみにこちらは、初めて4つの衛星をスケッチしたものです。ステラナビゲーターのシミュレーションもあわせてどうぞ。


(図6のスケッチを参照)
さて、もう終わりますが、笑 ネットでいろいろ調べていたら、ガリレオ博物館のホームページを見つけました。これが、1610年にガリレオの使った望遠鏡ですね。天体望遠鏡というよりは、遠眼鏡という感じですね~。対物レンズの周囲に紙を張って、収差を抑制したので、かなり視野が狭かったようですよ。
スマホの星のアプリの通知から、400年の時を超える、思わぬ素敵な思索の旅となりました。まあ、私の撮った写真は大したことはありませんが、笑 今のように、自動追尾なんてなかった、小学生時代。赤道儀のアームをくるくる回しながら、一生懸命、木星を追尾していたころがなつかしく思い出されます。
また、ステラナビゲーターで、ガリレオのスケッチをシミュレーションで再現できたことも、理屈はよくわかりませんが、物理現象というのは、そういうものなんだな、と改めて感心させられました。
ガリレオが、もし現代の天文機材を手にしたら、もっともっと大きな発見をしたのではないか。そんな気もいたします。
現代の私たちは、ありがたいことに、求めれば、その高度な望遠鏡を駆使して、思いのままに星空を駆け回れる。そのことに、感謝しなければ、いけませんね。
■参考文献:
ガリレオ・ガリレイ『星界の報告』(伊藤和行訳、講談社)
■天文ソフト:
ステラナビゲーター12(アストロアーツ)
■使用機材:
Canon EOS RP
Canon EF-S 55-250mm F4-5.6 IS STM
三脚+自由雲台、レリーズスイッチ















































